昨日の夕方、私宛てに宅急便の荷物が届いた。
送り主は知らない人で、下関から。
何だろうと思って開けてみると…


高級なお茶漬セット。
さらに手紙が添えられていた。
読んで見ると…
「アッ、あの時の人だ!!」
ようやく思い出した。
九州便の帰り、下関ICを過ぎて暫く走ったあたりで、一台の軽乗用車が路側帯に止まっていた。
ドライバーは女性で、パンクして困っている様子。
そのまま私もその車の前に停車、応急タイヤに交換した次第。
お礼をしたいので住所と電話番号を教えて欲しいと言われて、最初は固辞した。
しかし、どうしても…と言われて、お教えしたところ、こんなに上等なものを送っていただいて…。

困った時はお互い様なのに、逆にこちらの方が申し訳ないような…恐縮してしまった。
すぐにでも感謝の気持ちを伝えたくて、急いで電話を入れた。
その後遅刻せずに会社に到着されたそうで、さらにお礼を言われてますます恐縮してしまった。
下関のUさん、ありがとうございました。

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- 2008/06/16(月) 10:13:58|
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平和公園を出て、新地に移動。
ここには規模は小さいながらも中華街がある。


中華料理店はもちろん、中国雑貨や食材店などが集中している。
まだ昼食を摂っていなかったので、皿うどんを食べることにする。
しかし、ほとんどの店が仕込み休憩。
原爆資料館や平和公園で時間を取り過ぎた…orz
それでも開いている店があったので、すかさず入る(店名失念…すんません)。
これが長崎皿うどん。

今はチェーン店の登場で日本全国で食べられるようになったが、昔は長崎をはじめとする九州地区でしか食べられなかった。
麺は超極細。

まるで針のように細い。
リンガーハットの皿うどんも、ここまでは細くない。
この店は揚げ麺を使っていたが、店によっては生麺を使っている店もある。
この生麺が、揚げ麺ほどクリスピーではなく、しっとりとした食感が絶妙だったりする。
あんかけには豚、海老、いか、アサリの剥き身、かまぼこ(長崎では「かんぼこ」と呼ばれている)、キャベツ、人参、もやし…数えられないほど豊富な具材が入っている。
これにウスターソースをかけて食べるのが、こちらの流儀。
クリスピーな揚げ麺が、あんかけの汁を吸ってしっとりとした食感になる。
味付けはごま油が効いていて香ばしく、それが麺によく絡む。
かなりのボリューム(2人前ぐらいはある)なのに、不思議と食が進む。
速攻で完食してしまった。
飛び込みで入った店だったが、やっぱり本場の皿うどんは旨い。
でも、もっと旨い皿うどんを知っている。
その皿うどん、店では食べられないが、私はこの世で一番旨い皿うどんだと思っている。
何を隠そう、8年前に他界した私の祖母の手作り皿うどんである。
店で食べるものよりも薄味なので、いくらでも胃袋に収まってしまったものである。
それに匹敵するものは、私の母親の手作り…これも旨い。
祖母直伝なので、あっさり薄味。
やっぱり、どんなに旨い店も「おふくろの味」には敵わないようだ。
皿うどんを食べ終え、今度は船大工町の『福砂屋』に向かう。
寛永元年(1624年)創業の、カステラの老舗中の老舗である。



その長い歴史を物語る、風格のある店構え。
ここでお土産用にカステラを購入。
『福砂屋』のすぐそばにあった交番。

築何年になるのだろうか?
その重厚な外観に、つい見入ってしまった。
本当は2〜3泊してゆっくりとしたいところであるが、そうも言ってられないのが現実。
車に乗り込み、帰りの道中をスタートさせた。

- 2008/06/14(土) 16:39:00|
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フェリーに乗って70分、長崎市内に上陸。
祖母の葬儀以来、約8年ぶりである。
まずは原爆資料館を見学。


地元の小学生が団体で社会見学に来ていた。
館内は無断撮影禁止なので、写真は無し。
広島と長崎に原爆が投下される経緯や被害状況の説明から始まり、数々の写真や資料が展示されている。
原爆投下中心地から半径10キロぐらいまで大きな被害が及んでいて、15キロ離れたところでもガラスが割れたらしい。
展示されている資料の多くは、原爆によって破壊された物。
爆風でグンニャリと曲がってしまった鉄骨、熱で溶けてしまったガラスや屋根瓦、粉々に破壊された街や黒焦げの死体の写真…すべての資料が原爆の威力を物語っている。
原爆の被害については学校でいろいろ学んだが、学校の授業よりもここを見学する方が説得力がある。
資料館を出て、爆心地に向かう。

爆心地にある祈念碑の横には、破壊された旧浦上天主堂の一部が残されている。


ところどころにひびが入り、黒くすすけている。
今でも千羽鶴が絶えない。
平和公園のシンボル、平和祈念碑。

当時この場所には長崎刑務所があった。
刑務所の厚い壁が跡形も無く破壊され、多くの受刑者や刑務官が命を落とした。


その傷跡が今でも残されていると同時に、平和を祈る数多くのモニュメントが建てられている。


これらは世界各国から寄贈されたものである。
国や思想が違っても、平和を祈る心は万国共通なのである。
私の母親の家族は全員原爆の被害者である。
母親や叔父や叔母、祖母は爆心地から離れたところに居たので助かったが、爆心地近くに居た祖父は亡くなった。
だから私は祖父の顔を知らない。
もしも私の母親が祖父と一緒に居たら、私は生まれていない。
だから、いつもこの場所を訪れると、今生きているという事への感謝の気持ちが強く沸いて来る。
原爆によって志半ばにして命を奪われてしまった多くの人々の無念を思うと、たとえ今がどんなに世知辛い世の中であろうが「生きている」ということはこの上なく素晴らしいことなのである。
「生きる」ということは、人間の原点なのであり、ここを訪れることによってそれを再確認させられた。
小学生の社会見学の団体には、数多くのガイドさんが案内役として付いていた。
そのガイドさん、みんな年輩の方々である。
長崎市のシルバー人材センターに加盟する方々が、自らの原爆体験を語りながら案内している。
いわば原爆の生き証人によるガイドであり、横で話を聞いていて、その説得力に引き込まれる思いであった。
こうした「時代の語り部」の方々が、戦争の悲惨さ、生命の尊さ、そして平和の有難さを一生懸命後世に伝えようとしている姿は、ある意味感動的ですらあった。
ガイドさんたちの話がこの日見学していた小学生達の心の中にどれぐらい印象に残ったかは定かではないが、せめて心の片隅にでも平和の素晴らしさを願う気持ちを持ち続けてくれる事を祈りたい。

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- 2008/06/14(土) 15:28:13|
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水曜日の昼に出発して、熊本県天草市行き。
約1年半ぶりの九州便である。
朝9:00に納品を済ませ、海岸沿いを走る。
熊本市内まで行って熊本ラーメンを食べようかと思ったが…

気付いたら、なぜかフェリーに乗っていた(笑)
フェリーの行き先は長崎。
予定変更の理由は、海岸沿いを走っていたら、海の向こうに長崎が見えたから。
何しろ…
職業=風来坊
なので…(爆)

- 2008/06/14(土) 03:25:53|
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仕事の帰り、ある道の駅で休憩していたら、一台の車が入って来た。

懐かしい〜っ!!
グロリアA30…通称「タテグロ」…私が大好きな一台である。
それも、超希少モデルのワゴン。

サイズは5ナンバー規格ギリギリなので、全長4.7mの全幅1.7m。
今ではそれほど大きなサイズではないが、かなり大きく見える。
実際のサイズは後ろのレクサスGSのほうが大きいが、この2台の間に入って見比べると、グロリアのほうが大きく見える。
この車が現役だった当時(1967〜1971)、日本の自動車メーカーやユーザーはアメリカの方を向いていた。
だから、実寸よりも大きく見える車がもてはやされた。
だから、デザインもおもいっきりアメリカンで、圧倒的な存在感。
リアのデザインも個性的。

カッコイイなぁ〜…。
実は20年ほど前、この車のセダンモデルをセカンドカーとして所有していたことがある。
1969年製、黒のスーパーデラックス。
(残念ながら写真は残っていなかった)
ベンチシートではなかったが、コラムシフトのAT仕様。
シートは白のビニールレザー…白いシートの車なんて今はほとんど無いね。
乗り心地はフワフワと柔らかく、まるで船にのっているような感覚。
それ故、車酔いする人には不評だった。
音は古い車なのに結構静かで、当時のファーストカーだったクレスタといい勝負だった。
パワーウィンドウは付いていたけど、パワステは無し。
大きくて重いボディーに、これまた大きくて重いL20型6気筒エンジン…だからハンドルはベラボーに重かった。
当時付き合っていた子が運転してみたいというのでハンドルを握らせたところ…
「何これ…曲がれない〜っ!!」
5m走ったところでギブアップした(笑)
その子は痩せっぽちで、腕なんかオリーブみたいに細かったから、絶対無理とは思っていたが…。
「今度はホウレン草を食べてから運転するんだね」
と、ちょっと意地悪言ったのを今でも覚えている。
古い車(当時18年選手)なので、当然よく壊れた。
一番往生したのは、夜遅く静岡市内まで行った帰り道。
いきなりライトが暗くなり、チャージランプ点灯…ダイナモが逝っちゃった。
だましだまし走ったものの、信号待ちの時にエンジン停止…そのまま動かなくなってしまった。
不幸中の幸いで、止まったのがガソリンスタンドの前。
新品のバッテリーに付け替えて家の近くまでたどり着いたものの、ライトは再び暗くなる。
何とか家に着き、ガレージに入れたところで力尽き、ストンとエンジン停止。
まさに薄氷を踏む思いだったね。
休みの日にダイナモを外し、電装屋でリビルド品とベルトを買って付け替えたのは言うまでもない。
1年後に理由があって手放してしまったが、今でも惚れ抜いている車である。
時間と金と保管場所があったら、また手に入れたいなぁ〜。

テーマ:旧車 - ジャンル:車・バイク
- 2008/05/31(土) 15:24:21|
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昨日は東京都西多摩郡瑞穂町行き。
納品を済ませ、途中福生市内のコインパーキングに車を停めて市内を歩く。
福生…大好きな街である。

横田基地がある関係で米軍関係者が多く居住している。
そのせいか、街そのものがアメリカン。







まるで1950〜60年代のアメリカにいるような、日本じゃないような錯覚に陥ることもある。
福生市内に多くの店を展開する『際コーポレーション』の総帥が、あるインタビューで
「青山や六本木よりも、福生の方がカッコイイ」
と語っているビデオを観たことがある。
モノに対する価値観は人それぞれであるが、この街のファンとしては何とも嬉しいコメントである。
この人、心底福生という街が好きなんだなぁ〜。
街を歩いていて、こんな面白い自転車を発見。


自動車用のハンドル!!
でも、この自転車どうやって止まるの?
ブレーキ付いてないし…(笑)

テーマ:福生 - ジャンル:地域情報
- 2008/05/29(木) 11:01:37|
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和歌山からR24〜名阪国道のルートで帰途に就く。
途中、亀山ハイウェイオアシスで休憩。
ここは東名阪道亀山PAと併設されていて、高速からも一般道からも入ることが可能。
今回は帰り道なので、当然下道から入る。
ちょっとトイレに行ってから施設内に入ろうとしたら…

何とも鮮やかなウィンドウ。
さらに迫ってみると…

“CANDLE HOUSE AOYAMA”…ご当地の有名な企業であるカメヤマローソク直営の店である。
本店は青山通りにあり、ここは支店。
キャンドルハウスの名の通り、いろいろなローソクが展示・販売されている。
それこそ、パーティー用やアロマキャンドルから、葬祭用まで(笑)
中に入ったら…アロマキャンドルの香りが漂っている。
それにいろいろなキャンドルグラスも…。





女性を連れていったら喜ぶかも…。

テーマ:三重県 - ジャンル:地域情報
- 2008/05/28(水) 03:34:21|
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今日は兵庫県篠山市行き。
丹波篠山といえば、あの黒豆枝豆。
毎年10月中旬から下旬にかけての約2週間しか収穫されない幻の枝豆…その産地として有名である。
今は春なので完全にシーズンオフであるが、この近辺に来ると、まず頭に浮かんで来るのが黒豆枝豆。
ここ数年、秋になると必ず買っている。
もちろん昨年も買った。
今年の作柄はどうかな〜。
まだ半年もあるけど、もう今から楽しみにしている。

- 2008/04/23(水) 22:28:48|
- Kトラ道中記
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『くいだおれ』を出て、道頓堀を少しぶらぶらしてみた。
ここは日本有数の繁華街であると同時に、看板の街でもある。
とにかく、ユニークな看板がいっぱい。
『づぼらや』

庶民的な価格のふぐ料理の店。
5年ぐらい前、新世界の店に寄った時は…てっちり、てっさ、ひれ酒2杯、〆の雑炊まで食べて5000円でお釣りが来た。
『かに道楽』
動く看板のルーツか?
と〜れとれ ピ〜チピチ かに料理〜♪
「浪速のモーツァルト」ことキダ・タロー氏作曲のCMソングが懐かしい。
キダ・タロー氏といえば、『くいだおれ』『づぼらや』のCMも氏の作曲だったような…。
『金龍ラーメン』

ちょっとトボケた顔の竜(笑)
昔、飲んだ後の仕上げはいつもここだった。
あまりにも有名な、グリコの看板。

以前ここに来た時は、橋の両側をガラスでカバーしていたが、今は撤去されている。
あれは確か道頓堀ダイブ対策だったような…。
しばらくぶらぶらしてから、次は千日前方面に向かう。
(続く)

テーマ:大阪 - ジャンル:地域情報
- 2008/04/11(金) 10:59:21|
- Kトラ道中記
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