今日は
大阪府茨木市行きの早朝便。
8:30に納品を済ませ、そのまま下道移動で帰ろうと思ったものの、ちょっと寄り道。
そのままミナミへ向かう。
今話題の彼に会うために…。
その話題の主とは…
そう、
くいだおれ太郎!!7月に60年の歴史に幕を閉じることになった『
くいだおれ』のシンボル(女将いわく「看板息子」)である。
閉店のニュースを聞いて、それまでに一度行こうと思っていたら、絶妙のタイミングで
大阪行きの仕事。
こりゃ行くしかない!!
もうすぐ
道頓堀から姿を消すということもあり、彼の周囲には人だかりが出来ていた。
ツーショットで記念撮影をする人の何と多いこと…。
さすがは人気者、
道頓堀の顔である。
そんな彼だから、いろいろなエピソードがある。
外国に行ったこと、
くいだおれ次郎という弟が居ること…挙げていけば枚挙にいとまが無い。
その中でも、私にとって一番印象的だったエピソードを書いてみたい。
1992年の話である。
この年、万年最下位球団だった阪神タイガースが珍しく優勝争いに加わっていた。
前回の優勝は1985年、その時の
道頓堀は狂喜乱舞したファンで溢れ返った。
六甲おろしの大合唱で沸き上がり、何人も
道頓堀川に飛び込んだ。
そんな
道頓堀ダイブの中、ひときわ目立つ巨体。
そう、ケンタッキーのカーネル・サンダース人形。
風貌が似ていることから
「バースの胴上げや〜!!」ということになり、そのまま
道頓堀ダイブの餌食となってしまった。
それから時は流れ、7年後の阪神快進撃。
久し振りで優勝すれば、阪神効果で街は盛り上がり、莫大な経済効果が期待出来る。
しかし、ひょっとしたらケンタッキーの悪夢も再び…商店主たちの頭痛のタネである。
カーネルおじさんはビス止めされ、胴上げされないように固定された。
しかし、この年一番危なかったのは誰あろう、
くいだおれ太郎だったのである。
この年のタイガース快進撃の立役者は、ヘッドスライディングの切り込み隊長亀山務。
悪いことに、その亀山選手と
くいだおれ太郎がよく似ていたのである。
もしも優勝でもしたら…
「亀山の胴上げや〜!!」→道頓堀ダイブ…という最悪のパターンになるのは目に見えている。
「何とかせなあかんな〜」
関係者は頭を抱えた。
ペナントレース終盤、
くいだおれ太郎に変化が…。
どうやら
道頓堀ダイブ対策が打たれたようである。
しかし、固定はされていない。
何と、浮き輪と水中メガネを身につけている。
そして、吹き出し看板の中にはこんな台詞が…。
「わて、泳げまへんねん」この姿をテレビで観て、腹を抱えて涙流しながら大笑いしたのは言うまでもない。
さすがはお笑いの本場、おもいっきり洒落が効いている。
幸か不幸か、結局優勝はヤクルトにさらわれ、
くいだおれ太郎の
道頓堀ダイブは幻に終わったのであるが…。
大学生の頃を関西で過ごした私にとって、
くいだおれ太郎の引退は残念でならない。
閉店後の彼の去就については未定らしい。
しかし、出来ることならば、彼だけはどこかに動態保存して欲しいものである。
彼は間違いなく
道頓堀の顔であり、シンボルなのだから…。
テーマ:大阪 - ジャンル:地域情報
- 2008/04/11(金) 08:25:57|
- Kトラ道中記
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